2017年の波動の様相
スピリチュアル(精神世界)と呼ばれていたものが、「現実」となる道筋
光の皆様。
祈り人、光の戦士様方、新年明けましておめでとうございます。
今年はじめの、波動の様相、いかがでしょうか?
私は昨年末から書いております、憑依霊氏に、またまた大きい依存をされて辟易しながら、新年を迎えました。
私はそんなに書きたくないんですが、あまりにしつこいですし、今年こそは問題を解決したいと思っていますので、この話からまた書かせていただきます。
とはいえ、前のログでも書きましたように、これ自体は個人的な問題ですが、それに伴って皆様の参考になることも書かせていただこうと思います。
結構、これまで、私の中では当たり前すぎて書いてこなかった話、ずいぶん前に少しだけ説明したけど、最近はしてない話などができるかもしれません。その意味では、関係のない皆様には参考資料となるようにしたいと思っています。
しかしこんな憑依の話から始めたからといって、今年2017年が憂鬱な年というわけでは、もちろんありませんので、ご安心ください。
今年の波動予測は、皆様の霊性開発が順調であれば、こんなカンジです。
(イメージピッタリな画像を見つけました)
あんまり上昇勾配が急激になりそうなので、しょっぱなの今、
波動が高揚してワクワクな方ばかりではなく、
ちょっと重い、いやすごーく重いな、ヘンだな、憂鬱なんだけど、という方もおられるんじゃないのか? と思うくらいです。
しかし、波動が高揚している方はもちろんなんですが、重く感じてる方も、
それこそが、あなたが今年手放すモノなのです。
どうです? そう思うと、その重さもまた、ワクワクでしょう?
しかし今、波動が高揚してる方も、油断しないでくださいね。大きな手放しの際は、一時的に「波動の寄せ返し」があることが多いのです。
ですので、上がったり下がったり、という気持ちになるかもしれませんが、
実は下がってることはなくて、ずっと上がっています。山をクルマで昇る時に、昇ってるんだけど、下り坂の部分がありますよね。そんな感じでしょうか。
油断なく、安心し続けよ、ですね。
今年も波動を上げてまいりましょう。いえ、今年こそ、今まで最高に波動を上げる時です。上昇勾配を上げ、例えば20度の角度だったなら40度に、とか、そのくらいの意気込みで、より勾配率を上げ、より速やかに、昇って参りましょう!
今年の波動は、あなたさえその気なら、それが可能なのです!
さて、憑依霊氏の話に戻りますが、まず、彼のイニシャルを書いておくことにします。
彼は T.S.さんです(Tが名前、Sが苗字です)。
よほど氏名をそのまま書こうと思ったんですが、それもはばかられるので、イニシャルだけ書いておきます。
一つには、本人は気づかず、別の方が、「もしかして・・・自分のことなのかな・・・どうしよう・・・」などと、ヒヤヒヤさせてしまっている可能性にも思い至りましたので、別の方に安心してもらう意味もあります。
これでもやめないようなら、次は出身大学を、その次は・・・と、だんだんヒントを書くようにするつもりです。
他の地域の人にはわからないでしょうが、彼は、地元のスピリチュアル系の人には、ある種、有名人かもしれないので、それによって、「あの人かな」思い当たる人もいるかもしれません。
そんなこんなで、気づいた方が、それとなく、当ブログを読むように、仕向けてくれれば・・・という期待があります。
dicau58
私は彼に恨みはないのですが、腹に据えかねています。
考えてみてください。人一人のカルマというのが、どれほど重いものか。自分もまだ途中なのに、他人の霊性開発を、これほど大きな負担で手伝わされるということが、どんなことか。
私は常々、出会う人出会う人に、カルマを寄越しされます。降臨の神と霊覚者を除いて、カルマ寄越しをしてこない人など、いないくらいです。
(ちなみに、霊覚者については、以前に触れました。神我一体と言われる素晴らしい人で、降臨の神同様、そうそういるものではありません)
すれ違うだけで寄越してくる人もいれば、知り合ってからしばらくして寄越す人もいますし、会うたびに大量に寄越す甘ったれな人もいます。
しかし、彼はいくらなんでも度を越えています。
はっきりいって、同じことを他の人がされたら、たぶん、今頃、死んでいます。
私は、年末、30日くらいに、すでに今年の波動になっている感じがしておりました。
いつものようにハイアーセルフに祈ると、大量の非線形波動が、滝のように私という器に流れ込みました。今までにないくらいのすばらしい光の流入です。
そこに彼がやってきました。
多分私が一番光をいただけるのがその時だからでしょう。
ブログの効果で、しばらく、私に入り込むのをやめていたと思いきや・・・
線形波動、つまりカルマ波動とともにやってきます。彼自身が、私からすると線形波動なのです。
なんだか、ヨレヨレのボロボロの姿で、哀れっぽいというか、甘えた笑みを浮かべています。
今回気づいたのですが、私の霊的レベル、の中でも、多分幽体とか霊体のレベルが、どうも甘いのです。もっとも、彼に対してに限らず、私の霊的レベルは、周囲の人に頼られると嫌と言えないというか甘いようですが。それとも守護霊さんでしょうか? はっきり顔が見えませんが、そうかもしれません。
「また来たのか・・・困りましたね」とか言いながら・・・彼と話しているようでしたが、結局、私がハイアーセルフからいただいた光の滝を浴びて、自分を綺麗にしている様子が見えました。私の場は当然、その分汚染され、またしても霊性の高まりを阻害されます。
私自身は霊能力者ではないので、彼らのやり取りに介入できません。
人のウチに上がり込んで、シャワー浴びてるようなものです。
しかも、まだいるみたいなのです。
案の定、ご自分一人では、それまでのような波動の進化も、また、私にすがって到達した領域を維持することも難しいんでしょう。
が・・・、
そこを乗り越えなければ、いつまでも人への依存が続くのですし、
私のほうも、彼に大量のカルマを寄越され、またしても、器を汚染され、自分の霊性開発に支障をきたしています。
さて、ここで、読者の方は、もしかしたら疑問に思うことがあるかもしれません。
一つは、私が霊能力者でないなら、霊能力のある人に、除霊してもらってはどうか、という点です。
これについてまず書きましょう。
最近ブログを読み始めたかたは、霊能者と、前述の霊覚者の区別がわからないかもしれませんが・・・、霊覚者とは、ざっくり言うと、上位霊格の、霊格の極まった方、といったカンジです。
端的に書きますと、霊能力=霊格ではありません。
この場合、霊格とは、波動レベルのようなものです。私が色レベルなどと呼んでるものですね。
もう少し細かく書きますと、霊格と霊能は、ある面では一致しています。そしてある面では一致しません。
たとえば、霊の会話が聞こえるとか、幽霊などが見える、という、霊聴力、霊視力、というのがあります。これは霊格とは関係しません。
しかし、どのレベルまで見える、聞こえるのか、は、霊格とシンクロしています。
いかなる霊能者も、見えたり聞こえたりするのは、自分の霊格までです。
それを超える存在がたについては、そもそも理解できません。理解できているつもりでも、その人の霊格でわかる範囲に限定されます。
少し違う例かもしれませんが、例を挙げるならサイババ尊師です。彼のことを、大したことはないと低く見る宗教家や霊能者も多くいますが、それは彼らが理解できる波動階層を、はるかに超えているからです。
その場合、彼らは、見上げる山自体を見ることができません。人は、あまりにも隔たりがある存在を、「高い」と思うこと自体ができないのです。
では、やみくもにサイババ師を畏れ敬う人は、それだけその人も高いのか、というと、これも必ずしもそうではありません。サイババ師を敬うことはできるが、彼がどれほど至高であるかは理解できないままに敬う人もいるのです。
このように、波動の世界というのは、絶妙な世界ですので、霊能者に拝み頼むことを私自身しませんし、人にもお勧めしたことがないのです。
ある人にとって有益な霊能者も、ある人にとってはカルマ的存在となることもあるからです。
この、霊格と霊能の違い、霊能があるから霊格が高いとは限らない、ということは、知っておくとよろしいかと思います。
以前も書いたのですが、これは私だけでなく、皆様についてもいえることです。
例えばご自分に霊能力がないからと言って、霊能力がある人より格下だと思うのは、早計ということです。
さて、私、そして憑依霊TS氏は、いずれも霊格が高い部類に属します。TS氏の場合、高いと言ってもそれなりなんでしょうが、しかし周囲の人の大半から見て高いと言えます。
私が、彼のことを、依存症だとか甘ったれてるとか書いてるので、情けない姿を思い描くかもしれませんが、実際の、肉体の彼はそんな風には見えません。外見的にもなかなか立派で、人を引き付けるタイプのようですし、彼を尊敬し、心酔している人もたくさんいるのです。
実際に会ったら、私のブログで書いてる彼と、同じ人だと思えないかもしれません。
彼は霊能者ではありません。が、霊格が低いわけではなく、大抵の霊能者よりも格が上でしょう。(そんな人が依存症なので厄介なのですが。)
こうしたケースで、霊能者が何かしてくれるかわからないのですが、私は、人に頼むともっと厄介なことになると思っています。
今回のアセンションでよくわかったのですが、霊能があるからといって、波動の様相がわかるとは限らないのです。
もしもわかるならそのことをもっと周知しそうなものですが、結構有名そうな霊能者の人も、2012年の冬至、結局何にも起きなかった、などと言っているようです。
非線形波動と線形波動の区別もつかないかもしれません。
そうした人に、自分の状況を説明しても、理解されないまま終わるだけでしょう。
そもそも、霊能者だからといって、私にカルマ寄越しをしないわけではありません。霊能のある人は、少しばかり波動がゆるいので、余計にカルマを寄越しされるかもしれません。
しかも、カルマを寄越す人というのは、私に感謝するわけではありません。むしろ、こちらを汚物まみれにして波動を下げさせ、それで自分の波動が上がるので、大量のカルマ寄越しをする人ほど、私に意見したり責めたりする人が多いのです。
仮に私がある霊能者の所に行って、「この人に憑依されて参っている」、と相談したとしても、波動の様相がわからないので、信じないかもしれませんし、こっちが、おかしなことを言うと説教されてしまうかもしれません。
姿も地位も、彼のほうが立派に見えるでしょう。もしかしたら、その霊能者自身が憑依霊氏に心酔してしまうかもしれません。何というか、妙に魅力のある人物なのです。私にとっては魅力どころの騒ぎではないのですが・・・同じ目に遭ってない人には理解してもらえそうにありません。
私は、肉体人間としては、どこにでもいる一般の中年女性です。私の霊格を理解できるのは恐らくサイババ尊師くらいでしょう。
私自身は、おそらく、過去世で霊能を持っていたこともあるでしょうが、今はそれが消えてしまっていると思っています。
霊能者が、いろいろ見えたり聞こえたりしながら、一切惑わされずに、霊性を高める、というのは、相当に困難だからです。
以前も書きましたが、暗黒波動が、高位の魂を装って、いろいろなことを見せたり聞かせたりする、というのは、案外にも簡単だからです。。
ですから、求道者は、往々にして、修業がある程度進みますと、霊能を失うケースがあるのです。次に霊能を得るのは、覚者となった時です。
それまでは自分に対して、クローズしているのです。そんなこんなで、私は霊能者だからといって偉いと思ったこともないし、むしろ私から見ると、宇宙年齢が幼く、頼りないと思えるので、頼ることをしないのです。
もう一つは、「依存」というものについてです。
私は彼に依存されて辟易しているわけですが、その私も、高位の神から光をいただいています。
ハイアーセルフ、サイババ尊師、その他、多くの神々に私は祈り、光をいただいております。
こうした高位の神々から光をいただいている私もまた、依存しているのではないか? という声が聞こえてきそうです。
しかし考えていただけばお分かりになるかと思いますが、彼は、なぜ自分自身のハイアーセルフから、光をいただかないんでしょう?
それは、いただけないから、に他なりません。
つまり彼自身が、ハイアーセルフとまだ遠いのです。あるいは、彼のハイアーセルフが、彼を昇格させうるほどに昇格していないのかもしれませんが・・・。
そうでなければ、手近な人間から光を頂戴しよう、なんてしないでしょう。
そもそも、私たちは、常に常に神々から光をいただいて生きています。
あるいは、「宇宙から」と言い換えてもいいかもしれません。ともかく、光をいただかないことには、一瞬たりとも生きていることはできません。
あなたが闇の中でもがいているとしても、必ず光をいただいています。そうでなければこの世界に存在できないのですから、存在している以上はそうであると言えます。つまり私たちにとって、光とはガソリンのようなものです。
では、どのようにして光をいただくか、ですが、
究極的には、宇宙の根源から光を供給されて生きることになります。
直霊と呼ばれるような魂、スピリットは、この、根源と直結している魂という意味です。
彼らはただ存在するだけで、宇宙の根源とつながっています。
もうスースーなのです。
宇宙の根源からの金色の光、虹色の光、どの階層の光も、たんなる光の出入り口のように流れ込んでいます。
彼らは言ってみれば宇宙の根源のどこでもドアなわけです。
降臨の神ですと、その一部を使って、肉体の姿を、この世界に描き出しています。
スースーの光の一滴をすくい取って、姿をとっているのです。何もしなければ、私たちのような姿などありません。純粋な光のエネルギー、純粋な知性、だけなのです。
それでも、厳密に言えば、存在方である以上、いかなる高位の神も、宇宙の根源から光をいただいていることに変わりはなく、それを依存とは呼びません。
私たち求道の者は、まさにその域を目指しているわけなのです。
まず、ここまでが基本です。
次に、光をいただく場合ですが、
それは、上述のように、神々を通していただく場合と、自分で、空間から光を呼び込む場合があります。
可能である人は、何かの神の介在を得ずに、自分で自分の場に光を呼び込むことができます。
これを可能にするのが、たとえば、このブログでお勧めしているマカバなどですね。マカバというカタチが光を呼び込む「場」となってくれます。
マカバ瞑想をすることで、脳の中にマカバが育ちます。
他にも、光瞑想など、瞑想の多くがそうした効果を持っています。
また、ガヤトリーマントラも、自分という「場」と、光の根源との間にある扉を開くための、「暗号鍵」のようなものです。
これらを使いつづけることにより、
最終的には、存在するだけで、光を呼び込む「場」となれるでしょう。
しかし、上記の境地にまで行き着くのは、それほど簡単ではありません。
マカバ瞑想だけで、霊性を高めるのはかなり困難ですし、時間もかかります。
その上、自分だけの力で光を呼び込む場を育てていますと、その「場」がそんなには大きくならないとか、あるいは色レベルがさほど高められない、といったことも出てきます。
それでいて、自己評価しかありませんので、自分がどれほどの者か、気づきにくいのです。本人は「自分はもう存在するだけでいいのだ」と思っているけれど、実はまだまだ、というケースが、結構あります。「井の中の蛙」になりやすいのですね。
よく、こうした瞑想を含め、自分の力だけで霊性開発をする、という人がいますが、ある程度のところで止まってしまったりすることもあるのは、本当に自力だけで行ける人など、ごくわずかだからですね。
その一方で、神様神様、と神様ばかり頼り、祈っていても、それだけで、光が沢山自分に取り込める、とも限らないのです。
この点が、神に祈るということの、混同しやすい、説明が難しい点です。
いずれにせよ、どちらか一方でなければならないわけはなく、どちらも大切に行っていくことが、もっともスムーズかつスピーディに、波動を高めていく方法だと思います。
私自身の行き方を言えば、マカバ瞑想やマントラなどで脳を強化しつつ、自分の慕う神々のサポートに預かっています。
どれに重点を置くかは、その時その時の自分の状況によります。
また、「世界平和の祈り」という、私にとって基本中の基本である祈りは、自分のもっとも身近な神への祈りであると同時に、ワンネスという、
人類としての横のつながりも強化するという、パーフェクトな祈りですので、これはどのような場合も欠かすことはありません。
このブログで皆様に推奨している三大ツール、その他の祈りやマントラは、以上のことから、強力なものをチョイスして、複数ご紹介しているわけです。
光の皆様も、霊性が高まってきますと、複数のツールを使いたくなってくると思いますが、それは、自分の霊性開発の過程で、必要とするものに応じ、柔軟に対応するようになってくるからです。
そのためもあり、私の方でも、あまり煩雑にならない範囲で、複数の祈りやツールをご紹介しているのです。
すべて行わなければならない、というのではなく、皆様のほうで、重点を置くものを選んでいただければと考えています。
神、高位神霊への祈りという、神々のサポートを得つつ、そしてマントラやマカバ瞑想など、自分自身で、場に光を取り入れるスキルを養う、というのが、よろしいのではないかと思います。
私の考えでは、これぞというものは一つか二つに絞るとして、あとは状況に応じて、柔軟に使い分けるのがいいと思っています。
さて、私が祈る神は、さまざまですが、もっとも頼りにしている神について書きますと、前のログで述べたように、宇宙の根源と直結しています。
サイババ尊師が最たるものですし、ハイアーセルフも、そこまではいかないまでも、近い領域にいます。
尚、ハイアーセルフの波動階層は、人によって異なります。
この、宇宙の根源にもっとも近いような神から光をいただくためには、それなりのイニシエーションに到達する必要があります。
知っておいてください。神に祈って光をいただく、というのも、それなりの霊性の高さ、波動的なスキルなしには、できないのです。
憑依霊TS氏は、このスキルが低いのです。だから、私のところに来るのです。
私の見解では、こうした人は、神に祈るということを、ただ神様神様とへりくだり頼り、お願いすること、と思ってきたんではないでしょうか?
だから、高位の神から光をいただく、というスキルが育っていないのではないか、と想像します。
ようするに、前述のような形で、修業や瞑想だけで悟りに至ろうとしてきたんではないかと思うのですが・・・
あと、禅宗とか、色即是空の意味を誤解している仏教徒とかにもいそうですが、そうしたタイプかもしれません。
前のログにも書きましたが、こうした人に限って、高位存在方ではなく、周囲から光をもらったりして、波動的に人に依存しているケースが、往々にしてあるのです。
実際に彼がその状態なのでそう思うんですが、
私という、手近にいた存在を介して、光をいただき、霊性開発をするという、なんともおそまつな依存に陥ってしまっているのは、そのせいだと思います。
彼にも、よくその辺を理解し、人に依存することから卒業してほしいものです。
今では私は、TS氏は、私だけでなく、過去(過去世含む)にも同様のことをして、他の修験者をとっかかりにしつつ現在の霊格に至ったのでは、とさえ、考えています。
そうやって霊格を上げ、周囲の人々から尊敬を集めている人というのは、彼に限らず、いるのです。
こちらに対して影響ないならまだしも、その依存度はあまりに大きく、べったりと人によりかかるような依存です。カルマや憑依霊、暗黒波動などの寄越しも尋常ではありません。
そうでなければ私もここまで目くじら立てません。本当にやめていただきたい。
さて、今回は、TS氏の状況とからめて、私自身にとっては基本的すぎて、あまり説明してこなかったかもしれない点について、書いてみました。
最近ブログを読み始めた方には、参考になったのではないでしょうか?
次回は、何しろお正月ですし、もう少し楽しい話を書くつもりでいます。
TS氏がしつこくなければ、書くのも面倒ですし・・。ただ、私は今年こそ彼を振り切り、そばにも寄せ付けないところまで持っていきたいので、少し続けるかもしれません。その場合も、グチやボヤキに終始しないよう、皆様の参考になることを含めて書くつもりですので、ご理解・ご容赦のほど、よろしくお願い申し上げます。
では最後に・・・今年2017年の波動の様相について、もう少し追記させていただきます。
アセンション
霊的自己の進化
真実の自分への回帰──
そのための道筋・・・
それをスピリチュアルといい、霊性の開発と呼びますね。
人によっては、この、霊的なことと、
肉体世界、物質世界のことを、
分けて考えているかもしれません。
とくに、霊視など、いわゆる霊感があって、幽霊や霊界の生物が見える人などなら、なおさら、
それはそれ、これはこれ、かもしれません。
しかし、当ブログはそのようなスタンスには立っておりません。
ここまで当ブログにお付き合いくださっている方は、そのことにお気づきでしょう。
それでいて、いわゆるご利益(ごりやく)目的──初級の、スピリチュアルをちょっとかじって、自分の望みを叶えましょう、みたいな話でもない。
当ブログで、願望成就を主眼の一つに置いているのは、
真実の意味での願望成就、引き寄せが、
アセンションとほぼ同じ意味を持つからに他なりません。
光の皆様。
アセンション、霊性開発において、一つの大きな山場とは、
真実の自己への回帰を願い、祈り、瞑想して来られた、真実に精神の浄化を図られている皆様が、
この物質世界において、その祈りが、この物質世界の現実となって、現れてくる、
その現れを体現し、体感するという時において、訪れます。
これは、本当の意味での霊性開発、
世界の次元上昇につながります。
世界の平和、人々の調和などを願う人というのはご利益など関係がなく、
ご利益を願う人は、スピリチュアルはそれだけのためでしかない、
そのどちらかでしかないというようなものではなく、
いずれでもあり、いずれにも属さないセオリーです。
そしてそれこそが、真の霊性開発だと言えます。
2017年、世界が分離のスピードを増します。
地球さんも、もう、待たなくなります。だんだん待たなくなります。
いつまでも免税店で、ウダウダしていられません。
ついに、スピリチュアルという、一見、「浮世離れ」した分野が
それこそが、「現実」であると知り、
そして、それが、実際に、本当に、私たち自身の人生に、そして世界に
現れてくる時が、もうそこまで来ているのです。
思い出してみてください。
皆様が、祈り、マントラを唱え始めたとき・・・・
最初は楽で、楽しかった・・・
でもだんだん苦しくなってきた・・・
そしてまた、それを抜けると、はっとするほど世界が明るくなって見える
そして、次にまた、多大な困難にぶつかる
だがその先にあるものがわかってくる・・・
時に下痢をしたり、
眠くて眠くてしかたなかったり・・・
どうしたわけか、自分だけが人から責められたり・・・
自分だけが、人から褒められたり・・・
皆様、多かれ少なかれ、そんな経験をしてきているでしょう
つまり、これまでも、スピリチュアル、祈り、瞑想などが
自分の普段の生活に、
そして、視野の大きい人は、世界の様相に、
如実に表れていることを、知ってはいるでしょう
今後は、それが、これまでからすると、格段に、
ダイナミックに──あざやかにあなたの人生に現れてくるでしょう。
本当なのだ
この世界の「現実」とは、
スピリチュアルで言うところの幻想であり
それは、自分の波動が決める
つまり自分の想いが決めるのだ──
だからこそ、繰り返し繰り返し、祈り、マントラを唱え、瞑想し、
真の手放しをすることに専心してきたのだと、
いよいよ、実感を持って知っていくことになります。
また、そうでなくてはなりません。
それが2017年の波動の様相であり、今年、あなたが至るべきステージなのです。
2017年、あなたは、より一層スピリチュアルにならねばなりません。
より一層スピリチュアルであるとき、
あなたの回りの現実を、より一層、あなた自身の想いのままにすることができる世界に、
あなたをいざなうからです。
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