

奇跡を客観的事実と認識するとき、すでにそれは奇跡ではない。だがそれは奇跡以上なのだ。
高貴なる光の皆様、いかがお過ごしですか?
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前回に引き続き、奇跡についての考察です。
今回もじっくりお読みください・・。
財と富の神のテーマ同様、このセオリーに関しては、普段よりレクチャー度が高くなりますから、
書いてる当の私も、説明に苦労するくらいですから、読む方も回りくどく感じるかもしれません。
というのも、単に理解するという以上に、意識に変革をもたらすために、色々な視点から考察するためです。少し回りくどいくらいの方がいいかもしれません。
何しろ、今時点で波動の抵抗が凄いのです。ある程度予想していたとはいえ・・
私は皆様の意識を変えることで、人生を変えてほしいと思っています。
やはり、そうした核心に触れるテーマは、このような抵抗波動が湧き上がるのは避けられないようです。
一昨年だったら、そうそうに記事を非表示にしてしまったところですが、今年はこのまま続けて、様子を見たいと思います。
スルメみたいに、何度も読んでると味わいがでてくるかもですよ。でははじめましょう。

前回から引き続き、サイババ師の話から始めましょう。
私個人は、サイババ師が手から粉を出そうが宝石を出そうが、さほど興味がありません。・・・あ、宝石はちょっとは興味がありますが(波動がよさそうなので)、でも所有したいとまでは思いません。
彼の元に参ずるものが、全員同じものを観たわけではありません。それぞれが個人的な体験をするのです。
聖灰に気を取られるものもいれば、宝石を欲しがる者もいるでしょう。また、自分自身に起きる奇跡的な出来事を期待したりもします。
私らのような、本質を求める者は、波動の恩寵を受け、カルマを浄化し、光をいただきたいと思っているものです。
彼はそもそも、肉体どころか、実体を超越した段階にある存在です。見えていた姿は私達向けの幻影です。
今でも思い出さずにはいられません。彼の元に参じた人たちがお堂で待つと、やがて彼が現れ──そのときに彼と共に流れ込んできた洪水のような光は、まさに息を呑む光景としか言いようのないものでした。そして私自身の膨大なカルマを彼に吸い取っていただきました。筆舌に尽くしがたい体験でした。帰国して数日の間は、体中が、金箔を貼ったようにピカピカと輝いていました。
波動密度が究極に高まり、ある種カタストロフィのような臨界点の突破にいたるとき、あたかも密度が無いような段階に至る、それは密度が無くなるのではなく、密度を越えた密度の世界に至るのだと知りました。
この物質地球世界に、パワースポットや癒しの場は数々あり、ヒーラーも数多いでしょうが、あれほどの波動密度は、もうどこに行っても経験できないでしょう。
残るはもう、その光をいただいた私達が、上位の光を自ら降ろす以外にはないのです。
その驚異的なまでのエネルギーをこの目で見た者であるなら、サイババ師が成すことの数々も、自然に納得できます。聖灰や宝石など、空中から物質化するというのも、驚くべきことには当たりません(というより、それ以前に、圧倒的な高位波動に驚いてしまっています)。
そもそもがこの物質世界は幻想の世界であり、それを成す者が、確信してさえいれば、どんな幻想を描き出すのも想うがままなわけですが──、
それにしても壮絶に低い波動が満ち満ちている世界で、それに一切影響される事なく、物体を出現させるには、まず第一に、その方自身の意識がいささかの疑いもなく確信している必要があり、そのような意識であるためには、一片の不純物も入り込めないほどの高波動にある必要があります。
これついては、このテーマの核心でもあるので、あらためて言及します。
それほどの波動域になりますと、高位波動の世界とつながり、そのエネルギーを流れ込ませる、ある種のポータルを開く事ができます。次元が一次元高いだけでも、そのエネルギーは、下位の次元にとっては膨大なものとなります。
私たち光の者も、上位エネルギーを呼び込んではいるのですが、物質化ともなると、つながっている次元域、そしてその場で物質を生み出すに足る波動の凝集とでもいったものを含め、尋常一様なものではありません。生み出すと言うよりは、描き出すと言った方がいいかもしれませんが。気が遠くなるようなエネルギーを呼び込んでいるのです。
そこまで高波動域と常に共振しているなら、この物質世界と高次元世界とを行ったり来たりするのもまた容易でしょう。
A地点からB地点に行く場合も、ちょうど、チェス盤の駒をつまみ上げて他の位置に置くような感じで、物質世界の二つの地点を上の次元から俯瞰するような形で移動することができるでしょう。
つまり大抵の人にとってはまず無理だけど、サイババ師なら実際にやっていると思う、というのが、私にとっては自然な認識です。
難病が治った、と聞いても、「さもあろう、その高波動によって、タイムラインが瞬時に変わったのだろう」と思います。
降臨の神や聖者が病気を治すのは、病気のその人を治しているのではなく、そもそも、その病気に罹ったその人を、そうでないその人がいるタイムラインへ変換しているのです。
過去を書き換え、現在を書き換え、未来を書き換えます。ですから、高波動をその人に降ろすだけで、難病が消えてしまう、ということも、大いにあり得るのです。場合によっては物質化よりも容易かもしれません。
あの高波動ありきで、この現象あり。それはまるで、酸素と水素があるなら水もあろう。さもありなん、というようなもので、それを理解する者にとっては、もはや科学的な事象でこそあれ、奇跡と呼ぶようなことでもありません。
いやむしろ、奇跡ではなく、奇跡以上なのです。口では言えないほどの驚異的な波動域でなければ起こせない現象であるから、舌を巻くのです。
降臨の神とは、それほどの恩寵なのです。そういう事が理解できてまいりますと、このような超絶にパワフルな存在が、手間暇をかけた原始的な手品で何かを出したり移動して見せるなど、笑止としか言いようがないだろうと、思えます。

サイババ師はまったく我々からかけ離れた存在ですが、時々いる超能力者はどうでしょう?
ある特定の「能力」に長けている、という人はいそうです。
以前にも話しましたように、霊能力=高度な霊格とは限りません。霊格と能力がシンクロしてくるのは、一定以上の波動ステージに上がってからのことで、そこに至れば、それに見合った能力を持ちます。
こうした、高度な波動ステージではないのに能力だけ持ってる人は結構います。ある種の特技のようなものですね。奇跡と呼べるほどの事はできないとしても、人々を驚愕させます。周りから先生と呼ばれて、自分では霊格が高いと思い込んでるかもしれません。
そのレベルの、能力だけの人については、超能力好きの、ある種のマニアの方が知識が豊富でしょう。ただ、ここではあなた自身が波動ステージを上げるのがテーマですから、あまり関係がありません。
一方で、スピリチュアルをかたる詐欺も、物凄く多いのです。サイババ師だって、偽物が何人も現れています。
詐欺的なスピリチュアルには、サイババ師のような驚異的な波動密度が全くなく、まさしくお寒い限りなのです。ですから詐欺だとわかります。
懐疑派の人達は、言わば、今時点の世界における「常識人」に属しています。
一方で、こうした奇跡現象を、やみくもに信じる人達の中には、詐欺を詐欺と見抜けず、すっかり信じ込んで大枚をはたいてしまう人もいますね。単純で愚かだと「常識人」から笑われたり、憐れまれたりするような人達です。
サイババ師の元に集まる人達の中にも、そんな人はいるのです。
つまり、サイババ師を信奉する=冷徹に事実を客観視できる とは限っていません。
上述のように、その人、その人の魂のステージで、惹かれるモノが違う。サイババ師が手から聖灰を出して見せたりするのも、そのような奇跡現象に惹かれる人達向けと思われます。
本人はそれに気を取られているけど、実際には、そこにいることで、光の恩寵を得られるわけですね。それを与えてやるために彼らが惹かれる事をして見せてやるわけです。
やみくもに奇跡現象を信じるそうした人達よりも、懐疑派の人達のほうが、魂のステージは上かもしれません。少なくとも、その種の詐欺に遭わずには済むかもしれませんしね。もしかしたら前世で「奇跡詐欺」で痛い目に遭って、懲りている人もいるのかもです。

──さて──ここまで読んで、皆様はどのように感じられたでしょうか?
当ブログの読者であり続けるというのは、一定以上の波動レベルに達していない人には、恐らく無理でしょうから、上述の懐疑派のように、やみくもに手品だ詐欺だと否定する、という人はまずいないのではないかと思います。
でも、どこかで困惑する気持ちはあるかもしれません。こんな風に思ったりするでしょうか?
「なるほど波動や光が見えれば奇跡なのか詐欺なのか見極められるかもね。でも波動が分かんなかったらどうすりゃいいの? どうやって見分けろっていうのさ?」
でも、あなたがもしそう思うとしたら──、つまり「波動が分かればなあ・・」と思うとしたら、
私が波動が分かる、見える、ということは、信じてくださるわけですよね?
私が、サイババ師はこうだった、光がすごかった、波動が圧倒的だった、という話、信じてくださるからこそ、「波動が分かればな」と思うわけですよね。
懐疑派の人達は違いますよね。光が見える、って聞いた時点で、「ハア?」ですよね。
「それ前提っておかしいでしょ? 見えるって、それが嘘でしょ? 本気で言ってるなら幻覚じゃないの?」とか・・。
まあ、私自身は、自分が嘘言ってないことはわかっていますが・・・そんな嘘をついても何の得にもならないですし・・・。
客観的に見ても、詐欺だったらセミナー開いて、一回につき何十万だの何百万だの大金を巻き上げてるでしょうから・・。
というかそもそも、私は自分が観えてるものを人に話すこと自体、ほとんど滅多にしませんし。私だけでなくサイババ師の霊格の物凄さが見えてる人はいるけど、人に吹聴する人ばかりではありません。中には主流派の科学者などもいて、師のところに行くのも同僚には内緒にしていたようです。
本当に見える人というのは、職業的ヒーラーやチャネラーでそれで生活してるのでない限り、大抵はあまり人に知られないようにしているものです。
ともあれ、嘘ではないというのが前提として、一番言われるのが幻覚でしょう。何か、あり得ないことを観たとか聞いたとかいう話に、懐疑派の人たちが、まず持ってくる反論が「幻覚」ですよね。
私も考えてみました。自分が観た物は真実なのか、少し自分から距離を置いて考えてみたわけです。
懐疑派の人は、幻覚といえばそれで科学的に説明がつくと思うようですが、
幻覚を見るには見るだけの、科学的な作用機序がなければ、見る事ができません。
そもそも、「見る」とは何でしょう? 見るとは、特定の周波数域の電磁波(光)が目に入り、それによって目の中の光学異性を起こす物質に化学変化が起き、それが信号となってパケット通信のように視神経を通り脳に伝わって、脳内のしかるべき分掌でおのおの処理をされ、その後統合され、最終的に脳の中で像を結ぶ、という作業を、一瞬一瞬行うということです。
何気なくしていることですが、まるでそれ自体が超能力のようではありませんか。
ともあれそのように、かなり複雑な科学的作用ですから、ありもしないものを見る、つまり幻覚を見るというのも、そう簡単にはできないということがわかりますね。
そこに無いものを、観たと錯覚するのが幻覚ですから、「視神経を通る」という段階はないまま、脳が像を結ぶことになります。
つまり、脳が、視神経からくる情報以外で、同様の刺激を受ける必要があります。
ですから例えば、寝ぼけて意識が混濁しているとか、ドラッグをやっているとか、精神的に病んでいるとかいった、原因がなければ見えるものではありませんよね。
私の場合、目が覚めてる時だし、ドラッグどころか酒すらもやらず、精神的にも病んでいません。幻覚を見るほどの症状ともなると、仕事や家事など、秩序だった普通の日常生活を送るには支障があるようですから、もしそこまで病んでいるとしたら、自覚がないとしてもとっくに周囲が気づいているでしょう。つまりどれにも当たりません。
あと考えられるとしたら、そこの「場の状態」以外にはありません。つまり、何か、脳に幻覚を生じさせるような強い影響を及ぼす電磁波を発生させるだけの、つまり強電場となる特殊な施設があるなどです。
ですが、サイババ師のところはもちろん、普段生活している場にも、そんな特殊な施設が周辺のどこにもありません。もし偶然にも私の行く場所行く場所、すべてがその種の特殊な施設があるところだった、というなら、そこにいるすべての人も影響を受けるはずです。
こうして順を追って考えていきますと、幻覚で片付けるのが、かなりざっくりで非科学的なことだとお分かりいただけたでしょうか。
私達スピリチュアリストは、懐疑的な人達、いわゆる’普通の’人達から科学的根拠がないだのと言われ、それが事実だと証明する術がないことに意識が行ってしまいがちですが、
彼ら懐疑派の人達も、それが事実でないという科学的根拠を示せているわけではないのです。

・・・さて、そんな事を踏まえても、懐疑派の人は、まず納得はしません。理屈言うんじゃねーよ、くらいで、途中で耳をふさいでしまうでしょう。
でも、それはそれで構わないと思います。
前回、「その段階に至らない人は、脳が受け入れらない」というお話をしました。まさにそれです。私より理屈っぽいはずの科学者ですら、「幻覚だ」とざっくり言って済ませてしまうのも、そもそもそうした「受け入れられない」反応のひとつだと思われます。
個人的には、良心的なスピリチュアリストであるなら、何も気づいていない人達の思い、思惑に、それほど気を回しすぎる必要もないと思うのです。無駄な軋轢が生じないように、話を合わせていればいいだけの事です。
でも、光の皆様は、私が波動を感知した──見たり体感したりした、という前提を信じてくださるのですね。
あるいは、もしそれほど高位波動であるのが事実なら、その作用機序として、そういう事も起きうるだろう、とは理解できる、あるいは信じられるわけですね?
自分は見えないので、自分自身での、事実か手品かの切り分けはできないとしても、私がそうだと言うなら、その話自体は、筋道が通るものとして何となくでも納得できるなら、
皆様、それはなぜでしょう。
なぜあなたはそう思うのでしょう。
それはあなたが、当ブログの紹介するツールを実行できるのと同じ理由です。
以前も、波動が分からないと悩む人について書いたことがあります。脳内の作用、何かの理解というのは、対象固有の波動特性とある程度以上に整合し、共振するということです。
つまり、そういうこともあり得ると、考えるあなたは、理解しえない波動を、理解しえないということを踏まえて理解しているということなのです。
この波動の進捗は、実に堅実なもので、むしろ、波動レベルと相関しない単なる霊能力よりも、あなたの道筋を決定づける重要なものなのです。
奇跡的な現象を、現実と認識できる。それも、原始的な人々がやみくもにあがめるのとは違って、高位波動の存在になら可能である、それは科学的に起きうる、と認識できる。
私がここで順々に述べてきたことを、論理的に納得でき、ただしサイババ師の波動が分からない、見えない、ということにいらだちを覚える、ということも含めて理解できる。
あなたはそれができていますか?
もしもできているなら、あなたの脳は、すでに’奇跡’を起こせる段階に来ています。
それをあなた自身に許すときが近づいているのです。
この世界であなたの望む現実を表すための必須の前提、その第一ステップに足をかけているのです。
脳が奇跡を理解できない人のこと──懐疑派の人達のことを考えてみましょう。彼らは、自分達こそが良識的であると自認しています。
そしてどんな現象も、現実としてあり得ると思えず、
上述のように、「疑うためなら非論理的なことも受け入れる」ほどに非論理的であり、
そしてまた、客観的に見れば非論理的な根拠に従ってでも懐疑的でなければ、心が安心しないのです。とても耐えられないのです。
心を上位次元に開放するには早すぎ、いわば、その、非論理的なまでの懐疑心が、心の安全弁となっているのです。
そうした人に、無理にそういうことを信じさせようとしても、反発するだけだし、仮にそうさせたら、今度は、詐欺と本物とを見分けられず、もっと低いステージの、やみくもに何でも信じてしまう段階に、戻ってしまうことだってあり得ます。だから彼らは信じません。彼らなりに、自分たちをまもっているわけなのです。
けれども、光の皆様は、すでに気づいていますね。それは、暗黒波動が作り出した幻想に幻惑され、心の牢獄に、自らを閉じ込めておくことであると。
ですから苛立ち、閉塞感を覚えています。
でも皆様。自分が牢獄にいると気づかないで、どうして牢獄から脱出する事ができましょう?
奇跡とは、それが事実であるなら、奇跡ではなく科学的現象だと申しました。であるなら、私達は、真に科学的な現象が何であるかを知り、それに飢えているわけですね。
それは、それが起きても、心が乱れたり、猜疑心で一杯になったりしない、心の準備ができている、ということです。
心が段階を踏んで進化しているのです。

波動が分かればいいのに、という点だってそうですよ。私だってそうです。私は、際立って上位の光なら見る事ができますが、そんな光は、そうそう見る事はありません。周囲の波動が、壮絶に低く真っ黒いので、光を呼び込むと、すぐにその浄化に使われてしまいます。それをただひたすら繰り返しています。サイババ師の元なら、彼が膨大な闇を浄化してくれるのですが、それ以外では、今の所、いつ果てるのかと思う膨大な闇波動を見る事になります。
波動が分かるといっても、高位な次元に向かっている者にはそうだったりするのです。
ちょっとした心地よい波動で気持ち良くなる人は結構います。そうした人は、自分に暗黒波動が襲いかかってくるような経験もしていず、自分は波動が分かると思っているかもしれません。
私自身もそうだったのです。祈りはじめや、マントラなどをやり始めた時の方が、光を見る事が多かったのです。今は光が来なくなったんじゃなくて、より多くの光を呼び込めるようになっています。だからこそ、呼び込んだ光が闇の本格的な浄化に使われているのです。
皆様も、少し波動域が上がると──スターシードやワンダラーの方は、その段階に至りやすいと思いますが──むしろ周囲の波動が低く、厳しい状態であると認識します。そのうえで、今の上昇している波動や、降臨の光に息をついてると思います。
そんな、周囲の波動を低いと感じるスターシードやワンダラーなど光の方々が、やたら波動が見えたら、かえって気分が落ち込んでしまうかもしれませんよね。
大抵の場合、耐えられるだけの範囲で、それを認識できるようになっていくようです。
ですからあなたにとって重要なのは、あなたが抱いている意識──漠然とした閉塞感──あなたの内部で、あなたに何かの解答を要求する何物か
それはあなたが、今まで知らなかったものではなく、もともと知っていたものが、黒いベールで覆われている
それまで、それがあるという事すら忘れていた、あなたの魂の希求に、長い間、ずっとかけられていたプロテクト
そのプロテクトを、ついに外しにかかっているということなのです。
今回はここまでとしましょう。ゆっくり読んでみてください。このレクチャーが心に触れるとき、魂が振動するでしょう。あなたはもうその段階に来ているのですから。
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